あるべきようわ
夏休みが終わるころ。
先週の教室で小学生何人かに、夏休み
が終わって久しぶりに登校する心境を
聞いてみたところ、
「楽しみ!」「学校へ行きたくない〜」
「学校のほうがまだまし」「早く起き
なきゃいけないからやだ」「普通!?」
など、それぞれの素直な声がありました。
また声といえば、日中はつくつく法師の
鳴き声が耳につくようになり、夜には虫
の声が聞こえてくるようになって、季節
はたしかに秋へと移り変わっています。
今日出かけたいつもの蕎麦屋に掛けられ
た色紙の墨跡には、
「山是山 水是水」
歳月が流れ、季節が移り変わろうとも、
山は山であり水は水である。
それぞれがありのままに存在している
という禅語でした。
ありのままの自然の姿、そのなかで人は、
あるべきようわであるということを心得、
悪しきへ向かうことなく、自らのあり方、
生き方を問いつつ、真の力や目的を働か
せてゆくことが使命であると、夏の終わ
り上弦に思います。




